小生が始めて“古物”なるものに手を染めたのは28歳の時ですので、かれこれ32年が経ちます。
根津の古物店で目に飛び込んできた1枚の小皿。その流麗さに目が釘付けとなり離れることができないのです。値段を聞くと小生の懐具合では半額にも満たず到底買うことができません。それでもなかなか立ち去ることができない小生を見て「とりあえず今有る金だけ置いておいて、残りは給料の時に持ってきな」との店主の言葉。もう舞い上がるような嬉しさで、持ち金全てを払って早々に持ち帰ったのですが、小生の住所や電話番号などは一切その店に教えて来なかったとに後で気づいたのです。
幸い家の中を家捜ししたところ家内の臍繰りを見つけましたので(家内が気づく前にちゃんと補充しておきました)翌日には残金を支払いに行きましたところ二割五分も負けていただきました。小生の住所や電話などをお聞きしなかったことを問いたところ「この皿が買い手を見つけたのだから例え損しても持つべき人の手に渡るべきと思った」とのこと。当時は「そんな物の売り方も有るのか」と店主に感謝しながらも当初は感心していたくらいで、仕事の忙しさも相まって、いつしかそんなことも忘れてしまいました。
その後、仕事も忙しく手狭になってきた事もあり、いっそのことと近くの新居に引っ越しすることになりました。引っ越しの全てを業者に任せ、小生は仕事に専念するようにしたのですが、何か心に引っかかることがあります。そこで思い出したのがその皿のこと。取る物もとりあえず引っ越し業者の所に行くと、雑然と普段使いの食器と一緒に段ボールに重ねてあったのです。当時の引っ越し業者は今のように優秀なシステムなど無く、結構いい加減な仕事(頼んだ業者の選択も悪かったのですが・・・)をしていましたので、これだけはと一枚だけ抜き取り自分で持ってきたのですが、何とその皿が入っていた段ボール箱を引っ越し先で開けたところ、中の食器は全てグシャクシャ。業者曰く「トラックから落とした」と言う。家内は怒り心頭に発していましたが、小生は胸をなで下ろし「持つべき人の手に渡るべき」と言った骨董屋の店主の言葉を思い出したのです。早々に当の骨董店に過日のお礼と報告をしに出向いたのですが、残念ながらすでにお亡くなりになられたとの事、今でも心残りです。
その後も地震で棚が落ち、飾っておいた数枚の皿が割れてしまいましたが、その皿だけは決して割れることはありませんでした。からそれからは常に目の届く所に安全に置き事あるごとに眺めています。おそらく家が潰れてもこの皿だけは安全でしょう。
小生根っからの現実主義者で論理や科学的な説明のできないオカルト的なことは全く信じない性格です。例えばUFO(Unknown Flying Object)は有るか無いかと問われれば有ると答えますが、それはあくまでも「未確認飛行物体」であって、その明確な正体が判明していないものですので「未確認」なのです。ですから宇宙人が乗っている飛行物体との定義などには一切与しません。当然、霊や怨念なども信じませんので、真っ暗な山道も怖いことは無く一人で歩けます。まあ、このあたりの話は書き始めると長くなってしまいますので、後日改めて認めるとします。しかしながら「物は持つ人を選ぶ」ということは、何となく信じているのです。
実はもう一つ前出の皿のようなものを持っています。それはzippoの銀製のライターです。8年前になりますが喫茶店で席についた時にテーブルに置き忘れてあったzippo。普通の3,000円くらいのzippoであれば、もしかしたらそのまま懐に入れてしまっていたかもしれませんが、銀製で使い古していながら味が有り、手入れも行き届いていましたので、店員に「忘れ物」として渡しました。
後日持ち主が現れ「祖父の遺品で非常に大切にしていたライター」とのこのことで、当人から謝礼の申し出が有ったのですがお断り申し上げました。それから1年後、所用で出かけた豊橋駅のベンチに座ろうとしたところ、どこかで見たようなライターが置いて有ったのです。駅を見渡してもだれも居りませんでしたので駅員に渡して帰ったのですが、どうも気にかかります。もしかしたらとは思っていたのですが、後日連絡が入ったのは、案の定あの喫茶店でのライターの持ち主からでした。何でも姪御様の結婚で始めて出かけた豊橋で置き忘れたとのこと。「奇遇とは正にこのこと。またどこかで忘れたら貴方が見つけてくれるでしょう」と言うような冗談で長電話を終わりましたが、それは冗談では無かったのです。
三度目は2年半後の池袋のレストランでした。もうその時にはお相手の電話が分かっていましたので、直接連絡を取ってお渡ししましたが「これはもう神懸かりですよね、一度もお会いしていないので機会があればぜひお会いしましょう」と言うことでその場を終えたのです。
そしてそれから約1年後、納品を終えて一服していたお茶の水の喫茶店でのこと。混んできて相席してこられた紳士がやおらポケットから取り出したタバコとライターに小生の目は釘付けになってしまいました。何とあのライターが目の前に有るのです。「失礼ですが○○様ですよね」と問うと驚かれ「始めてお会いしたと思うのですが何方でしょうか?」と申されましたので「はい、始めてですが、そのライターとは三度ほど」。偶然というものが成せる技は神をも超えているのではないかと確信し合った次第でした。
その時は先様も小生も後に仕事を控えておりましたので、後日の再会の日時を決めてお別れしました。そして再会です。お互いの間に何か因縁のようなものが有るのではないかと、ゆっくりと3時間、食事をしながら生い立ちなどを語り合いましが、下戸であることを除けば全くと言って良いほど共通点はありませんでした。しかしながらその会話は何とも心地よく、坦々と自身のことを話すことができ、また相手の話をいつまでも聞くことができたのです。またの再会を約束しての別れ際に渡されたのが当のライターで「ようやく落ち着く方の手に渡ったのです」との手紙が添えられていました。今でも手元に有り大事に使っています。
一年に一度の再会の時には必ず持って行くのですが「一年に一度爺さんに会っているようだ」と申されるので「どう見ても120歳には見えないでしょう」と冗談を言い合える間柄に今ではなっています。
まあ、長く歳を重ねていると何度かはこのような「奇遇」なるものに遭遇することも有るのです。これを前世のことに結びつけて考えれば、当のライターの持ち主が「小生を呼んだ」と解釈することもできるでしょう。因みにライターの持ち主の御祖父の命日は、小生の誕生日と同じだったのですが・・・。
しかし、小生はこれも偶然の成せる技と思っているのです。このような偶然は、確率は少ないのですが起こりうることなのです。だからと言って霊魂を信じたり、UFO(宇宙人の乗っている)を見たと言う人を否定しているのではありませんし、まして「嘘だ」などと言うつもりもありません。科学が進んだ現在でも、まだまだ解明できないことが多くありますので、霊魂や前世があるかもしれません。もしかしたら目撃されたUFOには宇宙人が乗っているかも知れません。だけど分からないうちは「有る」とは言い切れません。当然「無い」とも言い切れません。分からないうちは「有る」と「無い」との中庸でしか答えられないのです。何とも言えないと。
最後に、小生24歳の時、友人であった2人の女性(一人は19歳、もう一人は28歳)と三人で湯沢にスキーに行くことになりました。年長の女性とはアパートの隣部屋同士でしたので一緒に家を出ることが出来ましたが、赤羽駅での早朝の待ち合わせに19歳の女性がなかなか来ません。定刻の発車時刻になっても現れませんので、とりえず「後から行くから」と年長の女性を先に行かせ、小生は待っていたのですが待ち合わせ時間から一時間を経過しても来ないのです。事故を心配して連絡しようにもその女性の家に電話はありません。しかたなく電報を打ってようやく母上と連絡が取れたのですが「一時間も寝坊してしまったため、自分に腹を立てて飛び出して行ってしまった」とのこと。後で聞いたところによると「もう行ってしまったと思った」と言っていましたが・・・。
その時小生の頭に鎌倉の材木座海岸のことが、何の根拠もなく浮かんだのです。あそこに居ると。 一度もその女性とは一緒に行ったことは有りませんし、話しに出たことも有りませんでしたが、そう思ったのです。急ぎ家に帰り着替えて鎌倉に向かいました。車中「鎌倉には居ないかも・・」などとは一切疑いませんでした。ただ「材木座海岸にいる」との確信しかありませんでした。そして、本当にそこに居たのです。滑川が海に注ぐ堤防の先で何か寂しそうに海を眺めながら。
当日の夜、一人スキーから帰ってきた年長の女性「事と次第によっては許さないからね!三回もゲレンデで放送してもらったんだから!」と怒り心頭に発していましたが、子細をお話しどうにか許していただきました。その19歳の女性が今の家内です。小生には赤い糸など一切見えませんでした。人に言わせるとそれは「引き寄せたんだ」と言いますが、偶然が小生の心に恋心を植え付けたのだと思っています。そして偶然は家内の目をも狂わしてしまったのです。材木座海岸の事が無ければ、おそらく今の家内とは結婚できていなかったと思います。なぜなら当時の彼女は他の人と付き合っていたのですから。
まあ、今の状態で、よっぽどのことが無ければ小生が家を追い出されることは無いと思いますので、この偶然の結果の善し悪しは小生の逝く時に分かるのでしょう。 |