第6回 漆塗りと漆刷毛 |
今回は、前回に続き「漆塗り」について認めてみようと思います。 小生、仕事の傍らの手慰みに耳かきを作っていましたが、煤竹と出会い魅入られてからは茶杓、ペーパーナイフ、花器、ペンダントと制作の幅が広がってきました。特に水に触れる花器においては防水性が必要となりますので漆を用いています。当初はアクリル樹脂やウレタン樹脂を用いていたのですが、どうもしっくりと行きません。そして漆との出会いです。煤竹と漆、これが良く合うのですよ。 前回でも書いたように金継から始まり、どうにか塗りができるようになった小生の漆塗り。竹の器の内側を塗っている時には感じませんでしたが、平面を塗ると「塗り厚」の斑が目立ちます。その都度水研ぎをして平面を出すようにするのですが、何回か塗り重ねるほどに、その斑が目に見える位によけいに目立ってきてしまいます。サンドペーパーを平たく敷いて削ってみるとやはり斑は歴然でした。一度平面になるように表面を削り再度塗ってみるのですが、やはり同じ斑の繰り返しです。当初は幅広の絵筆で塗っていたのですが、どうもそれが原因だったようです。 以前に知人から「おれは使わないから安物だけど上げるよ」と頂戴した漆刷毛が有りました。その当時は漆を自分で塗るつもりが有りませんでしたので、箱に入ったまま仕舞ってありました。ふとその漆刷毛の存在思いだし出して見たら驚きです。何と刷毛先がガチガチなのです。「これで塗れるのか?」と言うのがその時の感想でした。とりあえず塗ってみたのですが、当然塗れません。当たり前ですね。知らぬとは本当に恐ろしい事です。愚かと思われることを平気でやってしまいます。まあ、真実を知ってしまえば後で笑い話にできるのですがね。以前に春慶塗りの工房を訪ねた時やテレビで見た漆塗りの場面で、何やら平たい刷毛で塗っていたのは見知っていたのですが、あれは刷毛先を「ほぐした」ものだったのです。 またまたインターネットでの検索です。「漆刷毛について」と打ち込み、調べ回りました。しばらくいろいろなサイトにアクセスするうちにふと気づいたことがありました。それは「広重」という名です。いろいろな漆サイトに出ていて、あるサイトには「広重にはおよばないが・・・・」などという記述もあるのです。早々に「広重」を検索して、行き着いたのが「漆刷毛工房ひろしげ」のサイトで、工房主の九世泉清吉様は、350年もの伝統の漆刷毛のみを作り続けておられ「文化庁選定保存技術保持者」でもあったのです。これは間違いないとサイトを読み進むうちに「資料無料進呈」というのが有り、請求したところ何とも立派で詳細な資料が送られてきたのです。これには感動しました。無料で頂戴した資料がこんなにも立派で詳細なものであるとは・・・。あまりの嬉しさにお礼のメールをお出ししたところご丁寧なご返事を頂戴し、それからメールのやり取りが始まり、現在も続けさせて頂いています。泉清吉様とのメールのやり取りについては、次回第六回で詳しく認めようと思っています。 小生の無知蒙昧さは堂に入ったもので、漆刷毛は人毛で作るということも知りませんでした。もっとも無知蒙昧さのおかげで「日々これ発見」で楽しくもあるのですが・・・。 人毛を糊漆で固めたのが漆刷毛ですので、刷毛先がガチガチなのは当たり前です。これを使うためには刷毛先を「ほぐし」てから使います。「ほぐす」には下に木を置き、その上に刷毛先を置いて上から金槌で少しづつたたきながら毛の間に詰まっている糊漆を取ることにより刷毛先が完成します。恐れ多くも初めての「ほぐし」に「広重」を使うことはできませんので、知人から頂戴した漆刷毛で試すことにして、早々に金槌(片方が円形でもう片方が平たくなったもの)を買い求めほぐし始めたのですが、案の定またまた失敗。原因は金槌でした。金槌の平たい方の角が鋭利で刷毛先の毛が切れてしまったのです。ヤスリで金槌の角を面取りしサンドペーパーで磨いて、再度ほぐしはじめたのですがまた失敗です。今度は叩くのが強すぎて刷毛先の毛を切ってしまいました。そして何度か繰り返しているうちに徐々に綺麗な刷毛先になってきたのです。 さて、いざ塗りにかかってみると塗り斑が出ます。初心者の小生にとってうまく塗れないのは当たり前なのですが、右から3分の1位の所が特に厚くなってしまいます。他の平らな面に塗ってみるのですが、何度塗っても同じ斑が出てしまいます。これはやはり「ほぐし」の失敗で、また初めからのやり直し。そんなことを繰り返し、知人から頂戴した刷毛がこれ以上削れなくなってきた頃にようやく綺麗な塗り跡が出るようになってきたのです。富士の登山で言うならば、ようやく一合目にたどり着いたという所です。富士登山ならば、五合目までは車で楽に行けるのですが、この漆の道は一歩一歩自分の足で稼がなくてはなりません。ようやく麓までたどり着いた今、上を見上げてその高さに呆然ともするのですがまた楽しみでもあります。 そして、いよいよ「広重」の漆刷毛の入手に踏み切ることになったのです。 漆塗りに手を染めてから7ヵ月。いよいよ「漆刷毛工房ひろしげ」の刷毛の「ほぐし」です。緊張しました。手に取って眺めて2日。叩きが終わるまで4日、ごみ出しとシャンプー洗いに2日かけてようやく完成したのです。塗り心地は抜群です。毛の腰もしっかりとしていて漆の延びも良く、小さな面ですが綺麗な塗りがようやくできたのです。 ここまでお読み頂いた方の中には「漆ってそんなに大変なの?」「ちょっと手が出ないな」と思われている方もお有りのことと思いますが、ここに記したのはあくまでも不器用な小生の話です。何でも自分で一から始めなくては気のすまぬ小生の話です。決して「漆は難しもの」と言っているのではありません。人によっては「すぐに出来た」と言う人もおられますし、道具も前述の「チョイ塗りくん」のような便利な刷毛もありますので、お気軽にチャレンジして見ることをお勧めします。ラッカーやウレタンなどでは絶対に出ない漆の美しさを手にすることが出来ますよ。ただし「がぶれ」には充分気を付けてください。 小生の年末年始の正月休みは「漆刷毛工房ひろしげ」の刷毛で「漆三昧」に耽るつもりです。 |