第5回 漆との出会い=漆塗り

 今回は、今小生が夢中になっている「漆塗り」について認めてみようと思います。
 第三回目と同じように、ここに認める「漆塗り」は専門的な解説ではありませんので悪しからず。

 小生の骨董趣味が始まった当初は陶磁器中心でしたが、当然骨董屋巡りをしていると「塗り物」にも目がいきます。中でも根来塗りの角盆に出会ってからは「塗り物」にも興味の幅が広がりましたが、いかんせん高価で手が出ません。当時は結婚し子供も生まれたばかりでしたので、懐に余裕が無く、3,000円から5,000円の小皿一枚を買うのにもタバコを我慢し、時には昼めしをも我慢するような状態だったのです。

 確か35歳位の時だったと思いますが、雑誌社の仕事で飛騨高山に行くことになり、そこで春慶塗りの取材をすることになりました。工房での取材時に誤って生漆に触れてしまい、工房主が「かぶれ」を相当に心配して下され「かぶれが出てきたら直ぐに皮膚科に行くように」と言われました。その後何の症状も出ませんでしたので、漆と根来盆の事は仕事の忙しさも相まっていつしか忘れてしまいました。
 ある時、なんて事はない「染付」でありながら、稲妻状の金の筋が入った非常に景色の良い皿に出会い、それが「金継」だったのです。当時の小生の漆の知識は、本漆塗りの美しさは分かるのですが、その技法についての知識は皆無で「金継」なる技法の存在さえも全く有りませんでした。

 早々に漆を入手して、まずは手始めにと小生の木工品に塗って見たのですが、仕上がりはどうも漆の美しさとは違います。当然です。入手した漆は「工芸うるし」と言って、本漆とは似て非なるものだったのです。そしていよいよ本漆を手にすることになるのですが、そこからは苦しくも楽しい毎日が続くことになっていきます。
 本漆を手にし、塗り始めたのが冬の時期でしたので、いつまでたっても塗った漆は乾きません。2日、1週間、2週間と待つのですが一向に乾きません。アクリルやウレタン塗料と同じようなものだと勘違いしていた小生には、なぜ乾かないのかが分かりません。そこでインターネットに「漆が乾かない」と打ち込んでみたら「目から鱗」とはまさにこのこと、驚きとともに己の余りの無知さ加減と無謀さに身の縮む思いでした。

 ここは「しっかりとした知識を身につけなくては」と、まずは一通り漆に関する書物を読み漁ることから始め、そこで「漆の世界」の奥深さを知る事になりました。そして、そこに手を染めるのか、手を出さないのかの葛藤がありました。手を付ければ一生もの、手を出さねば後悔が付きまとう。自身の性格を考えてみれば、葛藤する前からその答えは分かっていたのですが・・・・。

 まずは室(むろ)造りからでした。漆は湿度80%で温度25度前後の環境に置かないと乾きません。東京は特に冬の時期は乾燥していますので、小生の初塗りが乾かなかったのは当然でした。しかしながら湿度80%、温度25度を維持できる室を作るのが結構難しく、行き着いたのは段ボールの箱を二重にし、中に濡れタオルを敷き、子犬用の電気行火で暖めるというものでした。(当然我が家のお犬様はその間寒い思いをしていたと思います)当初は温度は上がるのですが湿度が80%に安定しません。ようやく75%から85%を維持できるようになるのに1ヶ月ほどかかりました。そして犬に迷惑をかけたおかげもあって、ようやく小生の漆も乾いたのです。嬉しかったですね!楽しかったですね!その時はまるで一人前の漆塗師になったような気分でした。(その後我が愛犬にはもう一つちゃんと行火を買って上げましたのでご安心を)

 当然、次に手をかけたのは、小生を漆の世界に引き込んだ切っ掛けの「金継」でした。
 気に入っていながら、少し端が欠けたり割ってしまった皿が幾つか手元にありましたので、その中でも一番安い皿を手始めとして使うことにしました。きれいに5つに割れ、欠損部分も有りませんでしたので試作にはちょうど良い状態の皿でした。  
 いつもの事ながら最初はまたもや失敗。
 「金継」は姫糊、小麦粉、生漆を混ぜた糊漆というものを作って接着剤として使うのですが、それぞれの配合量は大まかには調べて知っていたのですが、思うように着きません。外見や触って見ると漆は固まっているように見えるのですが、保持具を外してみると接着していません。関連書籍やネットサイトにも的確な配合は出ておりませんので、自分で経験を積み見つけ出すしか有りませんでした。

 もうこの頃になると失敗しても落ち込む事もなく、失敗を楽しむようになってきました。失敗の数だけダメな事が分かってくるので、少しづつでも答えに近づいていると思うしか無いのです。余談ですが、技は何度も同じ行程を経て行くうちに徐々にではありますが上達していきます。しかしその過程での失敗では当然失望します。何度か止めようとしたこともありましたが、その度に「他から強制されて始めたのではなく、己の意志で始めたこと」と思い直し続けてくることができました。時として自信の作を人から酷評されたこともありましたが、それは至らぬ自分への評価と受け止め次の制作への力とするしか無いのです。ちょっとクサイ話しになりますが「愛」と同じだと思います。家族愛、夫婦愛、恋愛、ペットへの愛諸々。全てに通じるのが己の「愛する」という感情です。一見相手も同じ愛を持っていなくてはだめだと思われますが、本当は「自分は愛している」と思えれば、それですでに「愛」は完成しているのです。ですから「自分はちゃんと愛した」と思える時には、それを楽しみましょう。

 幸い5回ほどの挑戦で成功しましたので幸運でした。2枚目の皿も無事接着が成功しましたので、答えはある程度見つかったのです。この5回での成功を早いと見るのか遅いと見るのか。小生は当初より成功するまで何回でも挑戦しようと思っていましたので、5回目は早く成功したと思っています。しかしこの5回でかかった時間は約90日でした。漆とはそう言うものなのです。「瞬間接着剤で着ければすぐに着くのに」と思われる方もおられると思いますが、割れた面をぴったりと合わせて接着すには、早く着きすぎてズレが生じた時の修正ができません。そして何よりも「味気ない」のです。
 現在のような便利な接着剤の無い時代に物と物とを接着するには、デンプン糊や膠や漆を用いていました。その中でも漆は非常に優秀な糊としても使われていたと言います。そんな何百年も伝わってきた伝統の技の一つを小生は90日で身につけることができたのです。ですから小生にとってはこの90日は非常に短い時間だったのです。

 次回は塗りと漆刷毛のことについて認めて行こうと思います。